21世紀の大分の観光(朝日懇話会おおいた)/大分(2000年11月25日)

■いつ?
2000年11月22日
■どこで?
朝日新聞大分支局
■誰が?
小方 昌勝氏(立命館アジア太平洋大学教授)・桑野 和泉氏(旅館「玉の湯」専務)・首藤 勝次氏(前・直入町「御前湯」館長)・鶴田 浩一郎氏(ホテルニューツルタ社長)・橋本 均氏(マリーンパレス副社長)・宮崎 和恵氏(シティおおいた編集・発行人)・鑪(たたら) 嘉紀氏(司会)
■何をした(する)?
「21世紀の大分の観光」と題して懇話会を開き、委員同士の意見交換を行った。その中で、UDに関する発言があった。
■なぜ?
大分の観光は近年、低迷を続けており、今後の大分の地域活性化について委員たちの提言を聞くため。
■どのように?
・国際化時代の大分の観光のあり方はという質問に対し、宮崎 和恵氏は、「高齢者や障害者を含めたさまざまな人が使えるユニバーサルデザインの視点を観光と地域の両面から入れて欲しい」と述べた。

すべての人にやさしい中部空港へ 障害者が設計リード【名古屋】(2000年11月10日)

■いつ?
2000年6月
■どこで?
愛知県名古屋市
■誰が?
社会福祉法人「AJU自立の家」(名古屋市昭和区、野村純一理事長)と中部国際空港会社(名古屋市)
■何をした(する)?
障害者団体が空港会社とコンサルタント契約を結び、研究会を作り2005年3月に開港予定の中部国際空港の旅客施設の設計に参加することになった。
■なぜ?
空港の設計に障害者の声を反映させたいという思いと、空港会社側の「だれにでも使いやすいターミナル」という設計理念が合致したから。
■どのように?
・AJUは中部空港会社と540万で3ヶ月間のコンサルタント契約を結んだ。

・AJUと中部空港会社で作った研究会はだれでも快適に使える空港をとの思いから「ユニバーサルデザイン研究会」と命名された。

・メンバーは身体、聴覚、視覚障害者の各団体と空港会社の設計責任者。これに都市計画、土木、建築の専門家や一般の利用者らも加わり総勢29人。オブザーバーとして設計を請け負う日米英の共同企業体や航空会社も参加した。

・研究会での協議の結果は2000年10月に発表された基本設計の中に反映され、2000年11月10日現在、空港会社は詳細を詰めた実施計画案についても再度、AJUと契約を交わす予定である。

・2000年11月10日の朝日新聞の記事では、UDは「年齢や性別、障害の有無に関係なく、だれにも使いやすい配慮がされたデザインをいう。製品づくりや空間だけでなく、社会の仕組みなど、さまざまな分野で見直しが進んでいる。バリアフリーが「障害がある人のために障壁を取り除く」という考え方なのに対し、ユニバーサルデザインは、「体の不自由な人が使いやすいデザインはだれにも使いやすい」との発想に立つ。1979年代に米国で提唱された」と定義されている。

共に生きる、九つの提言 授業で発表(21世紀のぐんまへ)/群馬 (2000年11月3日)

■いつ?
2000年11月2日
■どこで?
2000年当時、群馬県と文部省の教育課程研究校の指定を受けていた、沼田市立沼田西中学校の公開授業
■誰が?
2年生77人のうち、総合学習の授業で福祉、健康について学んだ16人
■何をした(する)?
高齢者とバリアフリーの二つの視点から、共によりよく生きるための九つの提言をまとめ、発表した
■なぜ?
記載なし。
■どのように?
・バリアフリーに取り組んだ生徒たちの提言は四つで、「壁(バリア)を取り除くには、障害がある人とふれ合う機会を持つことが大切」「施設、設備が整った街にするために、ユニバーサルデザインの事をもっと考えるべきだ」などと指摘した。

・2000年11月3日の朝日新聞の記事では、UDは「すべての人に合うデザイン」と説明されている。

道福祉のまちづくり賞を受賞 北見の「わかば美容室」/北海道(2000年10月23日)

■いつ?
2000年10月下旬頃
■どこで?
北海道
■誰が?
わかば美容室(田中幸子さん経営)
■何をした(する)?
2000年度の「北海道福祉のまちづくり賞」の優秀賞に選ばれた。
■なぜ?
美容室経営者の田中さんは、1999年12月の改装時に労災事故で車いす生活を送ることになった次男の意見を取り入れて、すべての人に優しいユニバーサルデザインの美容室にしたため。
■どのように?
・2000年度の「北海道福祉のまちづくり賞」には全道から65件の応募があり、最優秀賞1件、優秀賞3件が選ばれたが、個人の受賞は「わかば美容室」のみだった。

・体の不自由な人はもちろん、お年寄りらも気軽に利用できるようにと、わかば美容室への道路にはロードヒーティングをして点字ブロックを埋め込み、出入り口の段差をなくすなどの設備が施してある。

・店内は約45平方メートルと広く、ゆったりとしたスペースをとった。車いすでも遠慮なく移動できるようにと美容いすは3台分と押さえた。

・3台分のうち一台分にはいすを置かず、車いすのままでカットやヘアメークが出来る専用スペースとした。

・トイレも広くとり、すべてのドアは引戸や自動ドアにした。

課題なおひと山ふた山 愛知万博計画見直し問題【名古屋】(2000年7月25日)

■いつ?
2000年7月24日
■どこで?
愛知万博検討会議
■誰が?
博覧会協会
■何をした(する)?
会場計画を自然保護の観点から議論したが、車いす利用者や高齢者らの移動を確保できるかという問題が残った。
■なぜ?
会場内の自然の地形や景観を保護したかったから。
■どのように?
・愛知万博検討会議では、2000年7月24日当時の会場候補地の一つであった「海上(かいしょ)の森会場」は起伏が激しい地形であったが、自然の地形や景観を残しできるだけ平場造成を避けることを博覧会協会に求めた。

・近年の博覧会はだれもが自由に楽しめる「ユニバーサルデザイン」の発想に基づいた会場整備が主流となっており、2000年7月24日の愛知万博検討会議では自然景観を保ちながら、誰もが自由で快適に観覧できる会場整備という問題に直面した。

柳田宏治さん 高嶋健夫(それぞれのバリアフリー) マリオン(2000年7月6日)

■いつ?
1994年4月
■どこで?
記載なし。
■誰が?
柳田宏治さん(三洋電機株式会社)
■何をした(する)?
「人に優しいデザインとは何か?」という、会社に与えられた大命題の答えを探しに渡米した。

■なぜ?
記載なし。
■どのように?
・米国で得た研究成果を、柳田さんは社内のみならず『バリアフリーの商品開発』(E&Cプロジェクト編)などの著書・雑誌を通して社会に紹介した。

・65歳以上の高齢者を主な顧客対象に「もっと使いやすく」を徹底的に追求したUD家電製品「愛着逸品」シリーズにも、柳田さんが米国で得た研究成果が生かされている。

・代表的なUD家電製品として、2000年当時で、文字や操作ボタンが大きなエアコン用リモコン、衣類が取り出しやすい「ななめドラム」の洗濯機、排気が出ない軽量の掃除機などがあった。

・この記事が掲載された2000年7月6日当時、柳田さんは、より使いやすい操作性の追及のため、ユーザーインターフェースの開発に取り組み「数年後には全く違う次元のUD製品が登場してくる」と語った。

鴨志田厚子さん 高嶋健夫(それぞれのバリアフリー) マリオン(2000年6月29日)

■いつ?
2000年4月
■どこで?
浜松市に開校した静岡文化芸術大学
■誰が?
鴨志田厚子さん(共用品推進機構理事長)
■何をした(する)?
生産造形学科長に就任し、「UDを出発点にして、長寿社会に対応したモノ作りの新しい切り口や標準を探っていきたい」と意欲を見せた。
■なぜ?
第一期生約100人が学ぶ静岡文化芸術大学のデザイン学部は、すべての人に使いやすい「ユニバーサルデザイン(UD)」の追求を基本理念に掲げているため。
■どのように?
学科の名称である生産造形とは、鴨志田さんによると「インダストリアル・デザイン」の訳語であり、「人々の生活全般にかかわるすべてのモノをデザインすること」にたどり着くという。

「ユニバーサルデザイン」掘り起こせ 日本、先取りの動き (2000年03月25日)

■いつ?
2000年3月22日
■どこで?
東京・銀座
■誰が?
松屋銀座
■何をした(する)?
「ユニバーサル・スクエア」を開いた。
■なぜ?
記載なし
■どのように?
・2000年3月25日の朝日新聞によると、約60平方メートルの広さの「ユニバーサル・スクエア」には、文具や衣料品など約150品目が並んでいる。

・商品説明は大きな字でされており、展示台やカウンターも車いすの高さに合わせてある。

・イトーヨーカ堂も文房具を中心にした専用コーナー「UDライフ」を全国18店に設けており、将来的に全店に広げる計画としている。

・2000年3月25日の朝日新聞の記事では、UDについて「年齢や性別、体格、障がいの有無などに関係なく、だれにとっても使いやすい配慮がされた製品や空間、サービス、社会の仕組みを目指す考え方。バリアフリーが「障がいがある人のために障がいを取り除く」考えなのに対し、UDは「みんなのため」の発想だ。「共用品」などとも呼ぶ。1970年代に米ノースカロライナ州立大の故ロナルド・メイス氏が提唱したとされる」と伝えている。

「ユニバーサルデザイン」掘り起こせ 日本、先取りの動き (2000年03月25日)

■いつ?
2000年4月
■どこで?
静岡県
■誰が?
静岡県
■何をした(する)?
県が使う封筒に目の不自由な人でも識別できる凹凸やギザギザを付けた。
■なぜ?
記載なし
■どのように?
・静岡県は1999年に、企画部に「ユニバーサルデザイン」室を設置し、財団法人「共用品推進機構」に自治体として唯一参加。封筒はその最初の試みであった。

・静岡県が考案した封筒は、上はのりしろ部分に切込みが入っているが、下は県のマークが浮き彫りになっており静岡県の文字も大きく、目の不自由な人に配慮している。

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・静岡県は2000年2月に、2000年から5年間で「UDを取り入れた県営住宅を整備する」「UD製品の規格やアイディアを募集し表彰する」などの行動計画をまとめた。

・2000年4月に、県などが主導して、浜松市に開校した静岡文化芸術大学はデザイン学部の研究テーマにユニバーサルデザインを掲げ共用品推進機構の鴨志田厚子理事長を生産造詣学科長に迎えた。

開けやすい・漏れない・捨てやすい 食品の包装、便利に進化(2004年4月23日)

■いつ?
2004年4月頃
■どこで?
全国
■誰が?
明治製菓株式会社,国分株式会社,旭松食品株式会社,味の素株式会社
■何をした(する)?
食品包装の改良に取り組んでいる。
■なぜ?
UDの考え方が業界内に急速に浸透したから。
■どのように?
・2004年4月23日当時、明治製菓が地域限定で試作的に発売していたスナック菓子「カールカリット」の袋は上部のテープの端を横に引っ張るだけで簡単に開封できるという、それまでになかったデザイン。「テーブルの上に立つので、食べやすい」と評判だという。
・2004年までの数年の間に食品包装の改良や工夫は、盛んになってきたという。「廃棄しやすさ」も重視され始めたという。味の素はボトルの底に縦にみぞを入れたサラダ油を発売している。使用後に手で簡単にボトルを押しつぶすことができ、ゴミ減量につながる配慮だ。
・大日本印刷・包装総合開発センターの一岡幹朗さんは「当初は福祉の発想からスタートしました。今では誰でも使いやすい形(ユニバーサルデザイン)にと考え方も変わってきて、業界内に急速に浸透した」と言う。
第一生命経済研究所・副主任研究員の水野映子(えいこ)さんは「企業側は包装に工夫をし始めている。消費者にももっと関心を持ってもらいたい。身近な商品に目を向け、不便なところを企業に伝えていけば、もっと包装は変わると思います」と話す。
 
■参考資料
「開けやすい・漏れない・捨てやすい 食品の包装、便利に進化」『読売新聞』2004年4月23日,朝刊,23面